本当の愛を探す旅② 〜最終的な答えはシンプル〜

- 神は愛ですと言われてもよく分からない!
- 神とは父と子と精霊の三位一体の無条件の愛の存在
- 仏教とキリスト教が時を超えて一つになるシンプルな真理
- 無条件の愛があるから条件付けを体験できる
- 神が伝えてきた無条件の愛の真理はシンプル
神は愛ですと言われてもよく分からない!
前回の記事の続きになります。(↓こちらからどうぞ↓)
trinity-3d-cross.hatenablog.jp
前回の話を要約すると、本当の愛とは何かについて探す旅を始めました。
愛を探す前に本当の私を探し始めて、私とは感情でも思考でも肉体でもない、
「わたしはある」という主観だというところまで行き着きました。
そして、モーゼに神が告げた名前も「わたしはある」でした。
「神は愛なり」と言われた時、どんな反応をあなたはしますか?
「うーん、そりゃそうだと思う」
「へー、そうなんだ」
なんとなくそうかもなと、納得する感じはあるかもしれませんね。
しかし、よくよく考えるとこの言葉はよく分かりません。
まず、多くの人は愛についてよく分かっていません。だから、愛とは何かの答えを求めます。
そして、神についてもよく分かっていません。十人いると十通りの答えが返ってくるでしょう。
雨を降らせてくる神、願いを叶える神、恐ろしい神、学問の神、、、
神は愛なりと言われても、よく分からない言葉でよく分からない言葉を解説しているので曖昧な理解にとどまってしまいます。
また、恐ろしい神は愛だと言われてもあまりピンとこないかもしれませんね。
神とは父と子と精霊の三位一体の無条件の愛の存在
では、神とは一体なんでしょうか?
神とは複数いるのでしょうか?この世を創造した神はたった一つの存在のはずです。
そこには神々という分離もなく、「わたしはある」の主観だけが存在しているのです。
では、なぜ神は複数いるように感じてしまうのでしょうか?
それは分離した人間側の観点から神を観ているからです。
そうした時、神は人間の数だけ存在するようになります。
しかし、この世を創造した本当の神はたった一つの存在のはずであり、
それは神を神自身の観点から観た時にだけ分かるのです。
それがマリアトリニティ創始者の渡邉聡さんに伝えられました。
神を神自身の観点から観ると、
神とは全て無条件に、
神自身に愛を与え続けている「父なる神」であり、
神自身から愛を受け取って委ねている「子なる神」であり、
神自身である「父なる神」と「子なる神」が交わる愛の無限運動の「精霊なる神」であり、
その三つが無条件に一つなって完全に自己充足している存在です。
だから、神の本質とは無条件の愛と言えるのです。
仏教とキリスト教が時を超えて一つになるシンプルな真理
神が父と子と精霊の三位一体であることは、キリスト教の中心的教義です。
そこに前回の記事の原始仏教の三相の教えが加わります。
受動的に光と闇を感じる感情の二元性(1D)の条件付けを解き放つと、全てを与える父なる神に目覚めます。
能動的に過去と未来を考える思考の時間(2D)の条件付けを解き放つと、全てを受け取り委ねる子なる神に目覚めます。
自分と他者を知覚する肉体の分離(3D)の条件付けを解き放つと、肉体は全て交わる精霊なる神に目覚めます。
これを図で表すと以下になります。

無条件の愛があるから条件付けを体験できる
人は直感的に知っています。自分の心、ハートから愛が溢れ出すことを。
誰にも教えられたことも、教えることもできないはずなのになぜ知っているのでしょうか?
しかし、能動的に愛が溢れて与える部分なのに、心は受動的に感情を感じてしまいます。
正確に言うと、心が何かを感じれるのは、そこで常に何かが創り出されているからです。
頭は受動的に受け取り委ねるはずなのに、常に能動的に何かを考えています。
頭が常に何かを考えられるのは、何かを受け取っているからなんです。
肉体は分離を知覚しています。
しかし、本当に完全に分離をしてしまうと、分離を知覚することはできません。
なぜなら、完全に分離をしてしまうと、そこにはたった一つの存在しかいないからです。
肉体が分離を知覚できるのは、そもそも交わっているからなんです。
つまり、ベースに父と子と精霊という無条件があるから、人間は条件付けされた感情、思考、肉体で世界を体験することができるのです。
神が伝えてきた無条件の愛の真理はシンプル
無条件の愛とは、先程の図で表した通りです。
それは一言でいうと、
【感情の二元性と思考の時間と肉体の分離の狭間にあるものが無条件の愛である】
ということになります。
三本線(XYZ軸)でシステマティック(論理的)に表すことができます。
前回の記事の最初の「愛とはなんですか?」という質問にあなたはなんて答えましたか?
「愛とは自己犠牲だ」
「愛とは親が子に対して持つ感情だ」
などいろいろな複雑かつ、情緒的で人間の数だけ存在する回答があったと思います。
しかし、神の観点から観た無条件の愛とはシンプルで、たった三本の線で小学生でも分かるように表すことができるのです。
これを人間が考えたただの妄想だと思いますか?
本当に神が神の観点から観た真理が伝えられたと信じますか?
その選択は全てあなたの自由意志に委ねられています。
ここまで読んで、愛とは何か分かりましたね?その上で疑問は残ります。
なぜ、こうやって自分の感情と思考と肉体を通して無条件の愛に目覚められるような仕組みが存在しているのでしょうか?それはまた次の記事でお伝えします。
では、また!
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本当の愛を探す旅① 〜これを読めば分かる?!〜

本当の愛を知らないから探求をしている
愛とは一体なんでしょうか?と質問されたら、あなたはどう答えますか?
「親が子どもに対して持つ感情」
「自分を犠牲にしても、その人のためにする行動」
「思いやりの心」
人によって様々な答えがあるはずですし、その答えが分からず一生をかけて真実の愛を探し続ける人もいます。
結局のところ愛なんて分からない!と結論づける人もいるでしょう。
そんな愛に迷っているあなたに、この記事では愛とは何か?について探求していきたいと思います。
本当の愛を知る前に本当の自分を知る
愛とは何かをいきなり探しても分かりません。
本当の愛を知るために本当のあなたとは一体誰なのか?について知っておく必要があります。遠回りのようですが、本当の愛を知った時これが一番の近道であることが分かるでしょう。
あなたは自分自身はどういう存在と捉えていますか?
「私はこの肉体です。」
「私は過去に〇〇をして、将来△△になりたいと考えている人です。」
「私はこの映画を観るといつも悲しくなってしまう人です。」
様々な捉え方ができるはずですが、それらを要素分解すると、
心で感じる感情、頭で考える思考、五感で知覚する肉体の三つに分類されるはずです。
しかし、その三つはどれも私の一部であって、本当の私ではありません。
これまで自分と思ってきた感情と思考と肉体は本当の自分ではない
なぜでしょうか?一つずつ見てみましょう。
まず感情とは私でしょうか?
心は受動的にポジティブかネガティブな感情を感じています。
これを感情は光と闇の二元性に条件付けられていると言います。
しかし、感情を感じなくなっても私は消えてなくならないはずです。
わたしという主観はありますよね?
次に思考とは私でしょうか?
頭は能動的に過去や未来の原因と結果について考えています。
これを思考は過去と未来の時間に条件付けられていると言います。
しかし、思考で考えなくなっても私は消えてなくならないはずです。
わたしという主観はありますよね?
最後に肉体とは私でしょうか?
肉体は五感を使って自分の外の世界を知覚しています。
これを肉体は自分と他者の分離に条件付けられていると言います。
自分が他者と分離しているから、この肉体こそが私なのではないか?と知覚できるのです。
ここで全ての五感で知覚することをやめてみてください。
位置も方向も肉体も全て消え去りますが、それでも私という主観はあるはずです。
つまり、肉体で分離を知覚しなくなっても私は消えてなくなりません。
わたしという主観はありますよね?
感情と思考と肉体は全て本当の私ではなく、
本当の私はその全てが消え去ってもまだなお存在し続ける「わたしはある」という主観なのです。
このことを最初に説いたのは約2500年前に生きた仏陀であり、これは原始仏教の悟りの真理なのです。
仏陀が2500年前に伝えた涅槃とは?
三相の教えで、仏陀は「苦」「諸行無常」「無我」に目覚めなさいと説きました。
仏陀はこの世は「苦」であるから楽だけを求めずに感情の二元性から目覚めなさい、
この世の全ては原因(過去)と結果(未来)の縁起(因果)の連鎖としてのみ存在しており、何ひとつ普遍的には実在してない、「諸行無常」であることに目覚めなさい、
無常な現実への知覚に反応して生きているだけの分離した個我は実在しておらず、それゆえに神人合一はできない、「無我」であることに目覚めなさいと説きました。
感情と思考と肉体の三つが二元性、時間、分離の条件付けから目覚めた状態を「涅槃=(わたしはある)」と呼びました。
約3500年前にモーゼが十戒を授けられたシナイ山で神に名前を聞いた時、神が答えた名前も「わたしはある」でした。
本当に全ての条件付けが外れた時、そこには主観は一つしかありません。
それは今ここに実在している神の主観なのです。
というか、本当の愛を探しにきたのに、本当の私を探しているじゃないか!
と思うかもしれませんがもう少しだけお付き合いください。
次の記事に続きます。(↓こちらからどうぞ↓)
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エジプト人の発見者が40年も秘密にしていたフラワーオブライフの真実【アビドス神殿での奇跡】

スピリチュアル界隈ではけっこう有名なフラワーオブライフという模様。
古代の神聖幾何学と呼ばれています。
とても不思議な模様で、世界中の古代遺跡などでフラワーオブライフが発見されているんです!
例えば、エジプトのアビドス神殿

トルコのエフェソス

中国の紫禁城

その他、日本やルーマニアなどでも発見されています。とにかく世界中!
なぜ、距離も離れていて文化も違うのに共通の模様が発見されているのか?この模様についての真相は謎に包まれています。
と思っていたのですが、マリアトリニティの創始者である渡邉聡さんはエジプトでフラワーオブライフの第一発見者と考古学者にフラワーオブライフの考古学的な真実を教えてもらったのです。
それは40年以上も前に判明していたことだったのですが、なぜか世界には広まっていません。フラワーオブライフを世界で一躍有名にしたドランヴァロという人も知らない真実なのです。
フラワーオブライフの第一発見者は「エミール」さんという方なのですが、その人は約40年前にフラワーオブライフをアビドス神殿で発見し、その時フラワーオブライフの真実も知ったのです。しかし、その真実は公にはしませんでした。
そして、アビドス神殿を調査している考古学者ももちろんその真実は知っていたのですが、それも外部に向けて公表はしていませんでした。
今回、渡邉聡さんはその真実をエジプトのアビドス神殿で、エミールさんと考古学者から直接教えてもらいました。その真実が伝えられた瞬間の一部始終をエジプトで動画に収めた人がまとめました。
フラワーオブライフとは結局なんなのか?一体アビドス神殿に刻まれたフラワーオブライフは誰が書いたのか?その真実をぜひ動画でご覧ください。
↓↓↓これだよ!↓↓↓