永遠の命なんて、ロクでもない???
<永遠の命>
誰しもが一度は考えたことがあること。
「なんで、死んじゃうの?」
大切な存在の死に直面して、その喪失感から生と死について考える。
「ずっーと、生きていればいいのに。」
「自分も死んじゃうなんていやだ。」
でも、日常生活に戻って、そんなことは忘れて生きている。あたかも、自分が死なないかのように、生きている。
それもそうだ。
だって、永遠の命なんか手に入らないから。
それを求めるなんて、ろくでもないから。
たとえ、手に入っても、それは幸せではないから。
でも、そこに希望があるとしたら・・・?
〜〜〜〜〜〜
詳しくは全然覚えてないけれど、主人公が火の鳥によって永遠の命を得た話があったと記憶している。
主人公は何十億年も苦しみ続けていた。
たった一人の永遠の孤独。
そんな物語を見て、少年の僕は
「永遠の命なんて、ろくなもんじゃない。恐ろしいものだ」
と怖くなっていた。((((;゚Д゚)))))))
永遠の命には、闇、罪、孤独がついてまわる。
永遠の命について、そんな描写をしている作品が世の中にある。
「なんで、私だけが死なないの?」という闇。
「死なないのは、神が自分を罰しているから?」という罪の意識。
「一人だけの孤独は耐え難いものだ」という孤独感。
その作品は「永遠の命を求めるなんて、バカらしいことはやめろ」と伝えているかもしれない。
多くの人は、そんなメッセージを日常生活で忘れてしまう。
だって、求めるも何も、永遠の命なんて手に入らないから。メッセージの前提が崩れている。
その上、手に入ったとしても、ろくなものではない。永遠の命なんて、日常生活において考慮するほどのものでもない。そんなことより、明日の仕事だ。
最近は医療も、コンピュータサイエンスも技術発達が目覚ましく、もしかしたら、人間は永遠に生き続けられるかもしれない、と報じられることはある。
一方で、生きることが辛すぎて、自殺を選ぶ人も多いことも、また事実だ。果たして永遠の命を持つことは、人間にとって幸せなのか?
改めて、永遠の命について考えること、
- 永遠の命を実現することの難易度
- たとえ、実現したとしても、やる価値はあるのか?
永遠の命には課題がついてまわる。ただ永遠の命を持つだけでは、そこには救いも何もない。
でも、もしも、人間の抱える闇、罪、孤独を全て取っ払い、無条件の愛で満たされた永遠の命があるとしたら?
それは、もしかしたら、求めるべき価値があって、日常生活でも意識をしてもいいかもしれないね。
<お知らせ>
Body Love of GodとTrinitybookによる、心と頭と体を満たすスペシャルセッション
こちらから⬇︎